YOSHIDA ATSUO ACCOUNTING OFFICE

YOSHIDA ATSUO ACCOUNTING OFFICE

むやみにリストラすると、会社がみるみる痩せていく。

新しい社会の、新しい経営における、一つの考察

第一章
社員が入れ替わるたびに、会社がどんどん痩せていく。

(1)終身雇用制度&年功序列主義から、契約雇用制度&能力序列主義への変化が企業組織に及ぼしているインパクト。
・終身雇用と年功序列の最大のメリットは、じつは社員が培った業務ノウハウを流失させないことだった。
・さらに、終身雇用と年功序列は、新人教育の場と研修・指導のための人材の確保を容易にしてきた。
・契約雇用と能力序列は企業のスリム体質を実現したが、同時に、業務ノウハウの流失をも実現してしまった。
・契約雇用と能力序列を押し進めていく企業は、業務ノウハウが企業組織に蓄積していくシステムの構築が不可欠になる。

(2)技術革新の高速化、コンピュータ導入の普遍化、顧客ニーズの多様化が、企業組織に及ぼしているインパクト。
・技術革新の急激な進歩は、企業内に蓄積できていたと錯覚していた、さまざまな業務ノウハウを一挙に陳腐化させてしまった。
・技術革新の高速化は、仕事の需要の増加と売上げの増加とは、必ずしも一致しないという新しい経済システムを生みだしてしまった。

<第一章のあらまし>
終身雇用制度・年功序列主義の崩壊と、契約雇用制度・能力序列主義の定着化が、いま企業の存続基盤そのものを痩せさせてしまうというおそるべき状況を発生させている。いま、企業の中には、その企業が培ってきた、投資してきた経験知が残らないという状況が発生している。
 かつて、企業と社員の関係は終身雇用という形で、結果的に企業の中に、その企業の経験知が残されてきた、取り込まれてきた。社員一人一人の知識や経験知を体系だてて記述して蓄積するシステムを企業の側で持たなくても、その企業に入社した社員が定年まで在籍することにより、知識や経験知を蓄積するシステムが、あたかも存在していたような錯覚をしていたにすぎない。
 しかし終身雇用制度が崩壊し年功序列主義が崩壊し、能力序列主義や契約雇用制度が一般化してくれば、企業組織と社員との遊離が始まり、社員が、その企業組織を出ていけば、その後にその企業組織には、いままで企業が投資してきた経験知が何も残らないという現実が浮き彫り化されてきている。
 つまり、企業が痩せていってしまうという現実を露呈させているのである。知識データベースは、企業が投資してきたさまざまな人的資源を、企業組織の中に蓄積するための手段であり、マトリックス・マネージメントは、その知識データベースを構築し、運営し、活用するための手法である。
その目的とするところは、顧客の最大満足の実現であり、企業の恒久的な発展である。

第二章
会社を発展させるエネルギーは、いまや貨幣やシンボリック貨幣から知識へと変化している。

(1)会社を発展させるエネルギーは、いまや貨幣から知識へと変化している。
・社会の基軸価値の定義と、その変遷の歴史。
・社会の基軸価値である知識を知識資源とした場合の定義。
・知識を基軸価値とする社会における個人の価値観の変化、企業の価値観の変化。
・社会の基軸価値の変化が、企業経営に及ぼしているインパクト。

第三章
経営の事実とは、業務の事実であり、業務の、日々の記述の事実である。

(1)個人における知識の性格と、その役割。

(2)企業における知識資源の定義。
・業務の事実と業務スキルの相互関係

(3)個人の知識資源と法人の知識資源の区分。

<第三章のあらまし>
知識データベースを構築しないと、企業は、社員が入れ替わるたびに、どんどん痩せていく。社会の技術の進化、文化の進化のスピードが超高速化したことにより、かつて、企業内に存在していた古参社員の知識や経験知、さらには古参社員による新人教育はすべて不可能になり、その結果、古参社員そのものの存在価値が消失しつつある。
 古参社員の実質的な定年は40才というおそるべき事実も、企業の体質を痩身化させる重大な要因になっている。

第四章
企業の利益の源泉は、その企業の存在理由と一致していなければならない。

(1)企業の利益の源泉とは何か?
・業務効率利益と基礎利益の区分。

(2)企業革新の高速化が企業の財務に及ぼしているインパクト。
・未実現利益の実現利益化
・基礎利益の実現利益化

(3)企業における知識資源の定義。

<第四章のあらまし>
すべての企業組織は、その業種・業態に関係なく、モノを開発する部門と、モノを生産する部門と、モノを営業する部門と、それらの各部門の業務を支援(管理)する部門とで構成される。そして、すべての企業組織は、業務効率利益と基礎利益に合算される企業利益を生みだす。◎業務効率利益とは、モノを生産する部門、モノを営業する部門、そして各部門の業務を支援(管理)する部門で発生するモノである。◎基礎利益とは、モノを開発する部門で発生するモノである。※ここでいうモノとは、企業における有形・無形の目的物であり、成果物である。
 たとえば営業部門がなしえる売上利益は、本質的には、その企業の存在をなすものではなく、営業の業務効率アップの結果で生じる業務効率利益(決算期内に生じる実現利益)でしかない。しかし、今日、多くの企業では、この営業部門こそが企業の利益の源泉であると錯覚し、企業上層部の営業部門への評価が過大評価されがちである。営業部門は、開発部門が技術開発するモノを消費者へ受け渡すための機能であり、消費者の満足のなんたるかを認知することはできても、開発できる部門ではない。経営上層部の営業部門に対する過大評価は、ときには消費者の満足を無視し、売上中心主義に走り、結果的に、消費者の不満足を発生させる原因となりえる。
 営業部門至上主義は、その企業の存続を是非する問題を発生させる危険性を含んでいる。金融・証券企業の不祥事が、そのひとつの実証事例である。企業における利益の源泉は、業務効率利益ではなく、基礎利益であるということを明確に認識しなければならない。
 また、企業の基礎利益は、企業の存在を成すモノであり、その存在を成すモノが、顧客の満足と一致していることが企業発展の基本である。

・企業の利益=業務効率利益 + 基礎利益(企業の利益の源泉)
・企業の利益の源泉 = 基礎利益 = 企業の存在

企業の存在が実現している = 顧客の満足が実現している。
※企業が発展している状態は、顧客の満足が実現している状態である

第五章
日々の業務の事実を記述し続けることが、マトリックス・マネージメントの終わりなき、始まりである。

(1)継続革新がなければ、その企業に導入されたコンピュータはただの箱である。

(2)企業における新しいQC運動としての継続革新の定義。
・データを入力することと、事実を記述することの同義性。
・企業知識データベースの定義。

(3)業務のすべての事実を記述することが、企業知識データベースの始まり。
※ドラッカーは、目標を設定してその目標に対しての理想の業務の在り方を検討していくべきであるとしている。業務の分析は必要な作業を明確にすることから始まるのではない。それは望ましい最終製品を規定することから始まると言っている。

(4)個人における知識の性格と、その役割。

(5)企業における知識資源の定義。
・業務の事実と業務スキルの相互関係

(6)個人の知識資源と法人の知識資源の区分。
※この業務の分析をIBMはIE(インダストリアル・エンジニア)と言っている。
・企業知識データベースの構築の定義。

(7)事実としての業務詳細を組合わせた結果が、データベースの成果である。

第六章
ビジネスの目的と、その手段を明確に区別する。
企業が衰退する始まりの、多くの原因は、
この区別の曖昧さにある。

(1)データは事実であり、その事実を記述することと、組み合わせることが手段であり、その結果において発生する成果物を目的とする。
・企業知識データベースの構築手法としての
マトリックス・マネージメントの在り方。
・企業知識データを主体とする企業経営の在り方。
・企業知識データベースの運用の定義

第七章
企業知識データベース構築の最大の障害は、タテ割型の企業組織内に育まれている権力基盤であり、縄張り意識である。

(1)ヒューマンネットワーク経営の在り方。

(2)マトリックス・マネージメントのケーススタディ。

<第7章のあらまし>
終身雇用制度と年功序列主義の崩壊、そして、契約雇用制度と能力序列主義の定着化、さらには技術革新の超高速化と社会の基軸価値の変化が、企業にとって、じつに大きな問題を投げかけているにもかかわらず、企業の側には、その問題が発生していることはもちろん、その問題に対する認識も意識も持っていない。
 しかし、その問題は、いずれ企業の存続そのものを左右しかねない大きな問題に発展する可能性を含んでいる。マトリックス・マネージメントとは、マネージメントする対象を構成しているすべての事実を在りのままに記述し、そして、その事実を在りのままに認識することを基本とするマネージメント手法です。

《以下概論》

◎知識を資源として捉えることの定義のいろいろ。
 人間にとって、知識は生まれたときから等しく、同じ量だけ備わっている資源である。知識資源は無限の資源である。人間は、その種類と量の絶対値に気づいていないだけである。
 なぜなら、銀河宇宙を構成している元素数は、地球を構成している元素数と同じである。ならば、地球上で発生した人間を構成している元素数は同じである。したがって、銀河宇宙の量的な概念を無限であるとするなら、地球の量的な概念は無限であり、さらに人間の量的
な概念も無限である。その根拠は、無限の部分集合は無限であるという公式と合致するからである。
 それが資源であるならば、どの資源でも共通の認識がある。資源は、その存在に気づいてはじめて資源として認識され、その瞬間すべてのベクターが変化する。資源の存在に気づくことにより、その資源を中心にして、すべての要因は、その資源に向かって支援することを開始する。

<支援現象の時系列的変化・変遷>
1、資源の存在そのものを気づかせることを、第一次支援現象とする。
2、資源の正確な埋蔵箇所を探査し、発掘するまでを第二次支援現象とする。
3、資源を発掘し、精錬し、単一資源とするまでを第三次支援現象とする。
4、精錬された単一資源を、一次加工するまでを第四次支援現象とする。
5、一次加工から、さらに発展してn次加工するまでを第n次支援現象とする。
6、n次加工の次には資源の復元作用が働き、その支援現象を保全支援という。
※支援現象によって得られたものは、すべて成果物という。

◎知識資源における資源の定義と、支援現象の時系列的変化・変遷
1、資源の存在そのものを気づかせることを、第一次支援現象とする。
人は誰でも、何でもできる能力(知識資源)を等しく平等に持っていることを気づかせ、自覚(気づく)させ、自信を持たせ、やる気を出させることが知識資源における支援の第一歩である。その支援現象を、<気づかせ教育>という。
2、資源の正確な埋蔵箇所を探査し、発掘するまでを第一次支援現象とする。
知識資源においては、この支援現象を、<励まし教育>現象という。教育の役割は一時的なもので、本人が気づいた時点で教育の役割は終了する。
3、資源を発掘し、精錬し、単一資源とするまでを第二次支援現象とする。
知識資源においては、この支援現象を、<知識活用初期学習>現象という。
※<学習という言葉の定義>
学習は現実によって、個人個人に発生する誤認識に気づくことを支援することであり、この学習は永久に反復する。
4、精錬された単一資源を、一次加工するまでを第三次支援現象とする。
知識資源においては、この支援現象を、<知識活用中期学習>現象という。
5、一次加工から、さらに発展してn次加工するまでを第n次支援現象とする。
知識資源においては、この支援現象を、<知識活用n期学習>現象という。
6、n次加工の次には資源の復元作用が働き、その支援現象を保全支援という。
知識資源においては、この支援現象を、<知識活用倫理学習>現象という。
※知識資源においては、知識活用支援現象によって得られた量的な差が、才能の差、成果の差となって存在する。
そして、その支援現象を教育といい、学習といい、カウンセリングといい、コンサルテーションという。

◎知識資源は無限であるという仮説論。
人間には、誰にでも、未発見知識資源(いまだ、その存在に気づいていない知識資源)がある。この論は、人間であるならば、生まれた瞬間から、誰もが等しく同じ量だけの知識を持っているものであるという説に基づくものです。
 知識とは、たとえば地中深く埋もれている原油と同じような資源であるとする説がありま
す。たとえ原油がいかに価値があるものであっても、その存在に気づかないでいたら、原油が眠っている土地はただの原野か砂漠でしかないのです。しかし、その土地に原油が在るということに気づいた瞬間に大きく変わります。原野や砂漠は一夜にして莫大な価値を持った土地となり、発掘がはじまります。発掘された原油は精錬されて、そのまま自動車などの燃料として利用されるばかりではなく、ありとあらゆる応用技術が駆使されて、さまざまな石油化学製品に生まれ変わり、その価値をさらに高めていきます。資源とはすべてそのようなものです。
 話は前に戻りますが、人間は誰でも知識という資源を等しく同じ量だけ持っているとします。しかも、その資源は無尽蔵の資源であるとします。しかし、問題は資源とはそのようなものであるとしたときに、その知識資源が、いったいどこに埋もれているのか気づけない人がたくさんいるということです。また、知識資源があるということにさえ気づいていない人がたくさんいるということです。
知識の話は、まず、その人が自分自身の中に無尽蔵に埋もれている知識資源の存在に気づくことから始まります。気づいた瞬間にすべてが変わります。さらに、知識とは事実であると置き換えることによって、知識は、きわめて簡単な事柄として捉えることができるのです。
一つのたとえ話があります。目の前に、さる有名な画家によって描かれた一枚の絵がある
とします。その絵が表現している芸術性はすばらしいものでも、じつは、その絵を成している事実は一つ一つの色の集合体です。顕微鏡か何かで、その絵を拡大してみればもっと明確になります。多くの人間を感動させるみごとな絵も、じつは、一つ一つの単色の集合体の結果でしかないのです。もちろん、その絵を描くための手法や感性や表現力は複雑で、誰にでもできることではありません。しかし、それらのことも突き詰めれば、習作も含め、何枚も何枚も絵を描きあげてきた経験や、さらには数多くの絵を鑑賞したり、批評し批評されてきた歴史も、一つ一つの単色の集合体である絵を一つのパターンとして数多く認識し、記憶してきたパターン化の蓄積であったはずです。
 単色は事実であり、その事実の組み合わせがプロセスであり、手段です。目的は絵を描きあげることであり、手段と目的は明確に区分され、手段がいつのまにか目的化してしまうことはありえないのです。単色を組み合わせている途中の経過が、いかに汗と涙にまみれたドラマチックなことがあっても誰も感動はしません。単色を組み合わせて表現された結果に感動するからです。このことは、人間の知識の在り方、そして、その知識を最大限に活用する経営の在り方に、じつに多くの解決策を与えてくれているのです。
 経営の事実とは、その企業に存在するさまざまな業務の事実であり、それらの業務の毎日の事実の積み重ねです。ここで、事実という言葉を知識という言葉に置き換えて“知識とは事実である”とすると、この本で述べようとしている原点が明確になってくるはずです。経営の知識とは、その企業に存在するさまざまな業務の知識であり、それらの業務の毎日の知識の積み重ねなのです。しかし、残念ながら知識という言葉は、それを使う人や受けとる人によって、さまざまな意味が無定型に発生し、きわめて捉えどころがない、実のあるコミュニケーションが不可能な言葉として存在しています。
 事実という言葉にも同じような傾向がありますが、事実という言葉には、それにプラスして“事実は、不快である”という人間の感情として受け入れがたい側面があります。これからの社会では、皮肉なことに“知識”と“事実”という2つの言葉が持つ意味を正確に定義し、認識し、頻繁に使っていかなければならないのです。そしてさらに、その後には、すべての言葉をもういちど見つめ直し、一つ一つの言葉が持つ<意味の管理>をしていかなければならなくなります。
 なぜなら、これからの社会は、コンピュータという道具を十分に活用していくことを前提としている社会だからです。しかし、そのコンピュータは人間のように言葉が持つ意味を曖昧に捉えてケースバイケースに使い分けることができない機械なのです。

◎選択自由の大原則を前提として社会の司法と立法と行政の機能と役割分担の図。
(1)選択自由の大原則が実現している状態 =人間的である。
(2)選択できることに少しでも制約が発生している状態 =人間的であるといえない。

※選択制約エリアの幅をゼロに近づけていく仕事が、行政の機能と役割。
※選択自由幅の増減を発生させないようにする仕事が、立法の機能と役割。
※選択項目量全体の管理をしていく仕事が、司法の機能と役割。

・選択する量に制約基準を設定することも、選択する量に制約があってもいけないことであり、その2つは、共に最も重要なことである。
・選択することになんの制約もないシステムであることが、そのシステムが人間的であるといえる前提条件である。
・知識データベースにおいて、データが選択できる量というのは知識の総量であ
るのだから、その量を有限として捉える概念はすべて否定される。

◎専門家が成しうる成果についての、不連続前と不連続後の定義の違い。
<不連続前における専門家が成しうる成果の定義>
相手の質を上げることに対しては無関係であり、無関心な人たちである。当然、相手の質は不変である。
<不連続後における専門家が成しうる成果の定義>
相手の質を上げること人たちである。したがって、専門家が有する知識とは、相手の質を上げるための行為であり、知識であり、スキルである。

◎品質保証という定義も変わる。
品質保証とは、相手の質が上がったことをもって品質保証がされているとする。したがって、PL(製造物責任)の所在は、製造販売している商品が相手の質が向上していない状態ではPLを果たしていないということになる。製造者の無過失責任は、無意識の悪事として、CSにおける責任事項の範疇になる。

◎社員別経営システムの導入
<事業部別経営→ 課別経営→ 社員別経営>
への変革がオープン化時代における、新しい経営システムになり、しかも新しい社員評価基準となっていく。

社員別評価システムの導入は、産業資本においては既に実行してきている。工業生産工程における、工程ごとの成果受け渡しシステム。次工程への受け渡し時点において、成果の評価が成されている。TQCにおける、工員に対する評価は、その人の年齢も役職も関係ない。改善提案を提出し、採用された工員が無条件で評価されているという現実がある。
 炭坑夫や日雇いにおける就業システムは、じつは、オープン社会における理想形の原点でもあった。全員を経営者として、社員一人一人に経営の義務と責任を負わす就業形態はオープン化社会におけるマネージメントシステムとしての狙いどころである。炭坑夫や日雇いの人たちのマインドは、初めから、一人一人が一国一城の主である。
 法人のID、つまり存在理由における意味と目的と価値と、社員のIDである存在理由における意味と目的と価値が一致する状態が、オープン社会における理想的なマネージメントしての在り方である。産業資本において、各工程ごとの独立性があったように、業務においても、契約に基づいた、各セクション間での独立性を確保していなければならない。
 一人一人の社員が、個人としての役割分担を企業の組織内に発生させることにより、部内成果を上げ、さらにその部内成果が個人成果と一致するポイントが多ければ多いほど好ましい。従って、オープン化社会における労働形態は、個人個人での契約形態が一般化することが望ましい。

法人成果の確立から→部内成果の確立から→個人成果の確立
へと進化することがオープン化社会の基本形態である。

産業資本における生産性の向上は、各工程ごとの独立性が確保されてきたことにより実現してきた。工程の独立性とは、工程の中には工程の内容と手順があるだけである、工程の中における生産技術を、運営技術と言っているに過ぎない。業務においても同一である、
業務の中には業務の内容と、その手順があるだけである。

業務事実→業務事実の処理手順→業務事実の処理手順の部品化→業務事実の処理手順の部品化の集合化→スキル
という。したがって、スキルの評価基準の原点は、
業務事実の処理手順を覚えている数の量になる。

◎個人別経営の集合体を企業マネージメントの原則とする。
オープン化時代における、個人の評価基準は、スキルを徹底的に単品化した数の総量とする。そこには人格の評価基準は存在させてはいけない。個人の人格の評価は無関係である。当然、個人と、その個人が属する組織における契約内容の合意が必要になる。細分化と単品化の違いは、決められた工程を割っていくことを細分化と言い。この結果が起こす事実は人間不信である。単品化とは、工程そのものの規模は決められていない。むしろ無限に増殖するとさえいえる。単品化とは定性事実を定量事実としてカウントできる状態にすることである。定性事実がカウントできる状態とは、非定型業務の評価基準値の設定が可能になるということである。単品化とは、複数以上の意味を持つ定性事実を分割し、一つの事実しか持たない定量事実とする行為のことである。

◎生産量を下げ、適切な在庫調整することなく、商品単価を下げざるを得ない状況になったとき、企業の側に果たしてどのような結果が生じるか。商品単価を下げて、なおかつ生産調整・在庫調整の開始時期がずれ込んだとき、その企業の収益はどのように変化せざるを得ないか?
需要が伸びて生産が増えれば、製品単価はいずれ下がる。製品単価が下がれば、売り上げは落ちても販売個数が伸びるから、当然、社員の現実は忙しい、利益が上がっているという意識。しかし実際は、製品単価が下がっているのだから、社員が忙しいと感じているほどには利益が上がっていない。むしろ利益が落ちている。このギャップが生みだす結果は、社員の不信以外のなにものでもないという現実に企業の側は認識できないでいる。
 たとえば、売上が10~15%の落ち込みであるなら、商品単価が20~30%下げているのだから、販売個数は、むしろ以前より増えているはずである。販売個数が増えているということは、販売現場の忙しさは以前より増すはずである。当然、販売現場からの売り上げ情報は、それほど需要は冷えていないという結果が上がってくる。この時点で、経営者は、在庫調整と生産調整の開始時期の判断をミスしがちになる。
 販売単価を下げた時点で、その商品は、経常利益を生み出す商品ではなく、赤字を生み出す商品として変化してしまったことを経営者たちは認識する必要がある。この場合、販売現場の認識は忙しい、忙しいから需要はそれほど落ちていないという判断となることも合わせて認識しておかなくてはならない。
 販売単価を20~30%下げて下げて、なおかつ売上の落ち込みが10~15%になれば、販売個数は、むしろ増加の傾向をみせながら、収益構造は急激に悪化し、経常利益において50~60%の落ち込みを見せてしまう現実を露呈することになる。その事実をグラフ化したのが、下記の図である。

※消費者における需要動向の変化対応にはコストがかからない。しかし、企業における供給動向の変化対応にはコストがかかるという前提がある。しかるに、消費者の側の需要動向の下落が急激に(不連続のレベルで、例えば不景気の噂レベルでの需要動向の変化が発生してしまう)発生すると、供給側である企業の対応は難しくなる。いわゆるレイオフとか在庫圧縮などの手法では、消費者の急激な需要動向の変化についていけなくなる。
 企業側における第一の変化は商品価格の低いものに対しての供給を余儀なくされる。しかし、全体の供給量を、臨機応変に一挙にダウンさせるなどの変化は、事実上、不可能である。通常は高価格で出荷すべき商品を低価格商品に変更して出荷せざるを得なくなる。
 しかし、この状態においても企業側の業務効率における利益獲得構造は不変である。従って、この状態で発生する収益実態は、商品は利益を上げる手段ではなく、利益をロスする手段となる。その結果的な成果が、売上は10%のダウンでも、経常ダウン40%~50%というかつてない数字の発生に帰結するのである。
 ここで、企業の側で課題になるのは、一つには業務効率の改善である。または企業利益の獲得システムの変化である。つまり消費者側で需要動向の変化が不連続で発生したように、企業側においても供給動向の変化を不連続で捉えなくては、この事態を乗り切る施策はなく、企業の倒産が、かつてないレベルで多発すると考えられる。

※消費者側で需要動向の変化が急激に不連続で発生した原因は、情報の質と量の高速化による有知現象の結果である。消費者側における高速変化対応に、企業側における高速変化対応が追いつかない。高速対応の<適・不適>の問題にしか過ぎない

・顧客ニーズの多様化は、商品知識のイニシアチブを営業の側ではなく、顧客の側に奪われてしまう結果を招くようになった。

・コンピュータの導入が、企業組織の変革と共になければならないという現実を、企業の側で認識することが、いまだにできない。

以上

ビジネスの処理速度の変化について

1、ネットワークマーケットでは、製品企画から、製品開発・製造から、製品販売までのターンアランド《距離と時間》の単位が異なってきた。

《従来のターンアラウンド》

《現実化しているターンアラウンド》

《現在、進行している新・ターンアラウンド》

《新・ターンアラウンドによって発生する販売速度の変化》

<従来>
非ネットワークビジネス<月単位のビジネス>
・1997年3月21日に受注・1997年3月28日に出荷・1997年3月31日に店頭・1997年4月1日に引渡・入金

<現在>
一部ネットワークビジネス(ダイレクト販売)<日単位のビジネス>
・1997年3月21日に受注・1997年3月22日に配送・1997年3月23日に引渡(到着)・翌日入金

<これから>
完全ネットワークビジネス(スーパダイレクト販売)<秒単位のビジネス>
・1997年3月21日14時55分23秒に受信・15秒後に送信・瞬時に着信・同時に入金。

以上

信じていたモノが崩壊していく現実

 1983年10月、日本の総理大臣としてはじめて田中角栄が懲役4年・追徴金5億円の有罪判決を受けた。その頃からなにやら権威というものが失墜していったような気がします。「天地神明に誓ってそのようなことはない」とマスコミ向けの嘘を言い続ける政治家たちをテレビで観ることが少しも珍しいことではなくなってしまった。警察官の不祥事、銀行員の不祥事・・・etc

 あの会社は、あの人は、そんなことはするまいという不文律が一挙に崩れてしまった。道徳的な規範とすべき指標が無くなってしまったのが、今のわが国の現状です。 そして同時に、終身雇用制度、年功賃金制度はあっけなく崩壊し、滅私奉公、国のため、会社のために、という大原則が崩壊し、さらに国民年金、厚生年金、企業年金などの崩壊の兆しが見え始めた。老後の安定が見えなくなってしまったのです。一生懸命、まじめに勤めれば老後は安心。寄らば大樹の陰という暗黙の了解が崩壊しつつあります。

 社会の何が変わったのか。時代の何が変わったのか。じつは何も変わっていないという説があります。「昔も今も、そのような不祥事や問題点は山積みしていたが、不祥事の発覚や問題点の指摘が顕在化しなかっただけ。表沙汰にならなかっただけで情報の粉飾や隠蔽が上手く行われていたのにすぎない」という説です。

 情報の発信源が明確に特定できる時代においては、情報コントロールは権力や権威の側で自由に操作できる特権でした。「ここは一つ内聞に」というお願いと、「おまえの人生がどうなってもいいのだな」という脅しのバランスがとれていた時代でした。

 インターネットの発明と普及が、すべての事実をあからさまにしてしまうようになったのです。誰もが手軽に簡単に情報の発信者になり得て、しかもその情報の発信源の特定が難しいという道具を手にした瞬間に、一人一人の個人が情報発信者となり内部告発の類が多発したのでした。もちろん、情報の発信源の特定が難しい匿名情報は、大部分が偽りの情報として世の中に氾濫します。事実、インターネットの掲示板などで飛び交う噂は、読むに耐えない情報のるつぼといえます。しかし、「火のないところに煙は立たない」の喩えの通り、真実も飛び交っているのです。

 何が真実で、何が虚実なのか。専門家、もしくは評論家と称する人たちのほとんどの意見は、後追い意見です。モノゴトが発生した後で、その現象を説明しているにすぎません。マスメディアは視聴率こそが真実であるとして、衆愚政治のお先棒を担いでいる、と言ってもいいかもしれません。

 いま、この時代において必要なことは、インターネットが発信する大量の情報に惑わされることなく、マスメディアが報道する情報に揺らぐことなく、自らを信じることが、現状を打破していく第一歩の始まりとして必要な時代のようです。

リストラをしたら、会社が痩せてしまった

 リストラは、本来、リストラクチャー(Restructure)の意味であり、再構築することを意味していたのです。従来の事業が立ちゆかなくなったから事業の見直しをするか、事業転換するか、新規事業を起こすかして、人材の配置転換をドラスティックに行うことを意味していました。それが、わが国においては、なぜか「人員整理(解雇)」の代名詞として使われるようになってしまったのでした。「解雇」という言葉の響きではない、「リストラ」という言葉の響きに反応した結果でした。

 そしてリストラにあった世代は団塊の世代でした。団塊の世代は終身雇用制度、年功賃金制度の、いわば申し子たちであり、若いときは安い給料で働いて会社の発展に貢献すれば、中年になったときに高い給料が貰えるようになる、という会社のインセティブと社員のインセンティブをクロスライセンスした、一種の暗黙の了解でした。  年功の意味は年齢ではなく勤続年数のことを意味していました。終身雇用という言葉は、J・アベグレンが著した「日本の経営(The Japanese Factory)」のPermanent Employmentという単語に「終身的雇用」という訳をつけたことが始まりといわれています。

 考えてみれば、終身雇用を保証するという制度が、わが国の企業の就業規則に明文化されているかというと、おそらくどの会社の就業規則を調べても、そのような規則が明文化されている事実は無いはずです。理由は簡単です。ある企業と終身、雇用される契約を結ぶということは、奴隷になるのと同じことを意味するからです。  本来、あり得ない話でした。もちろん、わが国の終身雇用制度が1920年代の大正大恐慌によって大企業を中心に過酷な人員整理(解雇)がさかんに行われ、労使関係が不安定になったことにより生まれたものであり、勤続年数に応じて「定期昇給、福利厚生、健康保険、厚生年金、企業年金、退職金」が手厚く約束されるという暗黙の了解であったことは言うまでもありません。

  とにもかくにも、団塊の世代の多くが、リストラという「解雇」のもとに会社を去っていってしまった。結果的に中間管理職が消えてしまったのです。企業の文化や風土を伝えていく役割の人間がいなくなってしまったのでした。リストラにあった団塊の世代の多くは、本来、その会社の業務ノウハウや伝統や作法を継承していく役割の人たちでした。彼らの役割は中間管理職であり、目に見えるプロフィットを生むことが少ない職種でした。従って、コストを生み出す元凶であると判断されてしまったのでした。

 その結果、何が起こったか。下に対して教育をする人材が消え、同時に、上に情報をあげる人材が消えてしまったのでした。しかも、コンピュータが導入され、情報ネットワークが構築されたことによりにより、情報は大量に発生して高速処理されるようになりました。情報はデータベースに格納されていると言われても、再利用する技術とノウハウが不足しているのです。現場がまったく見えないトップと、トップの指示がまったく届かない、伝わらない現場が生まれたのでした。下記の図のようにです。

 指示に従わない現場と、指示が出せないトップという2つの現象が同時多発化するようになったのでした。それが、リストラをした企業の現実なのです。リストラをしたら企業がスリムになったのではなく、痩せ細ってしまったのでした。

宵越しの銭は持たないという文化

 「江戸っ子は宵越しの銭を持たない」という落語の話があります。“江戸っ子は収入があったら、それを、その日のうちに使ってしまうもので、翌日までいくらか残しておこうなどという浅ましい了見は持ってはいない”が一般的な意味として伝えられています。

 浅ましい了見を持たない。すなわち了見をどう持つか、という「男の粋」の在り方として、よく使われる話ですが、「計画性がない浮かれものたちが、うわべのかっこよさで言っているだけじゃないの」と眉をしかめる人たちがいるのも確かです。

 問題の本質は、計画性が有る、無しの是非なのですが、私は、この江戸っ子の話は、とても幸せな話として捉えることにしています。理由は、宵越しの銭を持たないというのは、翌日も仕事があるという確信であり、職人として技術を磨き、与えられた仕事をちゃんとこなせば、その日の夕方には、1日分の手間賃が貰えるという社会システムが確立している話として捉えることができるからです。

 江戸時代は、徳川家康が江戸幕府を開いた1603年から、徳川慶喜が大政奉還した1867年までの265年間の時代のことを言います。この間、鎖国政策がとられていたのですが、265年間という長期間にわたって大乱がない時代でした。貨幣経済社会が高度に発達していた、平和国家でした。こんなことは古今東西、世界史上ありえないことでした。また、士農工商の身分制度にあらわされるような、頂点に君臨する武士たちが威張っていた封建的な社会でもなかったようです。貨幣経済社会を担っていた町人、つまり「商」の人たちに勢いがあった時代のようです。「士」である武士たちは、お米が禄高として支給された物々交換経済に縛られていたため、多くの武士たちの暮らし向きは、結構、苦しかったようです。利が利を生む貨幣経済に、サムライたちの生活は「武士は食わねど高楊枝」と言わざるを得ないほど、翻弄されていたようです。

 幕藩体制が確立された江戸時代は、中央集権国家だったのでしょうか。事実はそうなのですが、中央の締め付け方がどうも違っていたようです。幕府が中央政府とするならば、各藩は地方自治体のようなものでした。お家取りつぶしなどの大ナタが、たびたび振られはしたものの、地方自治体である各藩への締め付けはゆるやかなものだったようです。ゆるやかどころか、いま、わが国で盛んに議論がなされている地方自治体が目指そうとしている「地方分権」が確立され、なおかつ藩札、今で言うところの地域通貨の発行による「歳出と歳入の自治」が確立していた、結構、とんでもない社会だったようです。

 もちろん、個々には、飢饉が発生し、打ち壊しや百姓一揆が発生し、享保・寛政・天保と幕政改革が、たびたび行われていたようですが、大阪を中心として発達した元禄時代(1688年~1704年)、そして江戸を中心として発達した文化文政時代(1804年~1830年)に象徴されるように、それぞれの分野で役者が揃っていた町人文化を謳歌していた時代だったようです。今風に言うならば、当時の江戸社会は、都市国家社会であり、通商国家社会であり、農業国家社会であったようです。

 自然環境問題においても、都市で発生した排泄物は農村に還元され、農村は、その排泄物を肥料として農作物を生産して都市に供給していたこともあり、その当時の欧米の都市社会に比べて、圧倒的に清潔で合理化された都市社会であったようです。 元禄の時代には、いきいきとした華やかな文化が花開き、文化文政の時代にはゆったりとした洒脱な文化が花開いたようです。

 人口においても、江戸時代の日本全体の人口は2400万人~2700万人と安定し、そのうちの100~120万人が江戸に集中していたようです。ちょうど同じ時代のロンドンの人口が90万人、パリの人口が60万人ぐらいでしたから、江戸は、当時、世界最大の都市であったと言えます。人口ばかりではなく、出版された書籍の数も、寺小屋を中心とした識字教育の普及率も、物流の整備、商取引の制度も仕組みも、圧倒的なレベルであったようです。

 前置きがずいぶん長くなりましたが、「江戸っ子は宵越しの銭を持たない」という落語の話に戻ります。

 実は、「宵越しの銭を持たない」という文化は、安定した社会においてはじめて実現した「粋」な生き方だった、というお話をしたかったのです。宵越しの銭を持たなくてもいい社会であるためには、翌日も、約束された仕事があるという社会であり、与えられた仕事をちゃんとこなしていれば、元気なうちは働くことができ、1日働けば、1日の手間賃が貰えるという社会システムが確立していなくてはならないのです。

 年金の財源が足りなくなる。当たり前です、少子化社会になってしまったのです。若者2人が1人の老人の年金を拠出せざるを得ない状況で、年金を減額したり、年金の支給時期を遅らせたり、年金の掛け金を増やしたりという論議は、愚の骨頂なのです。平均寿命が男女共に80歳を優に超えているのです。年金の話も大事なことですが、80歳の老人が働ける社会。宵越しの銭を持たなくても済む、粋な社会システムを、どうすれば構築することができるか、という議論を、今こそするべき時ではないでしょうか。

「租税法律主義」が揺らいでいる

 税金に発生した一つの不満は、租税法の基本理念とも言われる「租税法律主義」の揺らぎです。「租税法律主義」とは、文字通り、“租税の賦課、徴収を行うためには必ず法律の根拠を要する”という理念です。

 言うまでもなく、法律を立法化する機関は「国会」であり、憲法41条によって“国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である”と謳われています。また国会には、私たち選挙民の意志を反映する手段として、選挙によってのみ選ばれた国会議員が存在します。ですから、租税に関する法律として、直接税としては所得税、法人税、道府県民税事業税等、間接税として消費税、酒税等が、それこそ蟻の這い出る隙間がない、といってもいいほど数多くの租税が制定されています。

 税金の問題は、私たちの私有財産権に対する侵害としての性質を持つものです。ですから租税法は「租税法律主義」と「租税公平主義」の2つを基本理念として、“国民の総意の代表である国会が定めた法律によってのみ負担する”という、「租税正義の原則」、「公平負担の原則」が、どこまでも貫き通されていなければならないのです。しかし、今日、この「租税法律主義」が揺らぎつつあるのです。何が揺らいでいるか。

 一つには、国会で立法化された法律の大部分が国会議員によって作成された議員立法ではなく、行政府の官僚の手で作成されていることです。いわゆる閣法の存在です。閣法は、官僚が作成した法律案を大臣、内閣、国会が追認して作成される法律であり、極論するならば、官僚が実行したい政策を、審議会、研究会、検討会などの、いわゆる「専門家」、もしくは「有識者」と称する人たちの意見を利用して作成される法律です。事実、2004年度の1年間に国会に提出され成立した法案のうち、議員立法が23件、閣法が144件です。つまり、およそ20対80の割合で、圧倒的に閣法が多くなっています。

 そしてもう一つには、政治資金規正法の存在です。そもそも政治資金規正法の問題点は租税法の根本的な欠陥にあります。脱税というものを国家と国民に対する偽証罪として捉えていないことにあります。また、脱税未遂犯を罰する法律も存在しないのです。このことは何を意味するかというと、会計帳簿へ嘘を書いても、つまり不実記帳、あるいは虚偽記帳をしても、これを罰する法律が存在しないのです。

 嘘みたいな話ですがこれが真実なのです。会計帳簿を基にして租税申告する場合、これを監査する税理士なり公認会計士には監査責任が存在し、その監査に問題があった場合には税理士なり公認会計士を法律で罰することができるのですが、会計帳簿を作成する納税者自身、つまり経営者、もしくは経理責任者が、この会計帳簿に不実記載、もしくは虚偽記帳しても、これを罰する法律が「租税法」には存在しないのです。そもそも、会計帳簿に嘘偽りがないことを自署捺印する必要がないということは「会計帳簿へ不実記載、もしくは虚偽記帳したら偽証罪に問われることを承知して、私は、私の申告書が、真実、正確、完全であることを宣言します」という覚悟が存在しないのです。

 ですから、会計帳簿の不実記載や虚偽記帳が発覚しても、忘れていました、勘違いしていました、と言って修正すれば罪に問われることないのです。申告漏れとして扱われ、修正申告して追徴課税に応じれば罪に問われることはないのです。

 政治資金規正法における会計帳簿は、いわゆる「政治資金収支報告書」に相当します。会計帳簿と同じように、政治資金収支報告書へ嘘を書いても、つまり不実記帳、あるいは虚偽記帳をしても、これを罰する法律も存在しないのです。不実記帳、あるいは虚偽記帳が発覚したら修正すれば罪に問われることはありません。

 うがった見方ですが、租税法における罰則規定を強化すればするほど、政治資金規正法の罰則規定を強化せざるを得なくなると言うブーメラン現象が発生するが故に、政治家先生たちが、租税法の不備をおざなりにしているとも言えます。

 考えてみれば、今日の国会議員の大部分は官僚出身者と、世襲によって生まれた二世三世議員と、いわゆるタレント議員が多く占めるようになりました。最近は、公募による議員も多く誕生していますが、マイノリティ(少数派)の域を脱していません。世襲議員やタレント議員の能力を疑うわけではありませんが、少なくとも権利が利権化され、後援会(地盤・看板・鞄の象徴)の存続イコール世襲議員の誕生という構図は、なにやら封建社会の様相を帯び、民主主義とは対極にある、閉じた世界(当選することは手段にもかかわらず、当選することが目的化する)での政治が行われるようになります。このような状態で、私たち納税者が納得できる租税法律が作成され、施行されているのでしょうか。国民の総意の代表である国会が定めた法律が立法化され、施行されているのでしょうか。

 「李下に冠を正さず」とい故事を持ち出すまでもなく、政治家自らが租税正義を実践することなく、我々一般納税者が租税正義を自覚することなど夢のまた夢の話になります。

ストックオプション課税処分が揺らいだ

 この揺らぎは、ストックオプション制度を行使して利益を上げた所得は、「一時所得」が、「給与所得」かという論点で争われた問題でした。結果は、平成16年2月の東京高等裁判所判決によって“ストックオプション制度の行使によって得た利益は給与所得である”との判決が出されました。そもそも、ストックオプション制度を行使して利益を上げた所得を捕捉するという税制度は、我が国では確立されていなかったのでした。

 本来ならば、法令の改正などを国会で立法化しておかなければならなかった問題でしたが、「法的な解釈としてはストックオプションの行使利益は給与所得と解することができる」という判決が下されました。

 給与所得はサラリーマンなどが勤務先から受け取る給料、賞与などの所得に相当し、『収入金額(源泉徴収される前の金額)-給与所得控除額=給与所得』として計算されます。また、一時所得は営利を目的とする継続的行為から生じたものでも、労務や役務の対価でもなく、更に資産の譲渡による対価でもない一時的な性質の所得に相当し、『収入金額-収入を得るために支出した金額-特別控除額(最高50万円)=一時所得』として計算され、その1/2相当額が総所得金額に算入されます。

 ですから、ストックオプションの行使利益を一時所得として税務申告できれば、課税所得は給与所得のおよそ1/2となるので、節税の意味において、課税庁にお伺いをたてたわけですが、課税庁からは「一時所得に該当します」というお墨付きをもらったうえで確定申告したわけですが、後年、ストックオプションの行使利益のあまりにも莫大な金額がマスコミなどで面白可笑しく取り上げられるようになって、いわゆる我が国特有のジャパニーズ・ジェラシーのバッシングにあうことになったのでした。その結果、ストックオプションの行使利益は給与所得の経済利益に相当するという解釈に変更されたわけです。

 通常所得のおよそ1/2に対しての課税で済んでいたものが、突然、給与所得として申告し直すようにということになり、こともあろうに過少申告加算税賦課処分されるという展開になったのでした。過少申告加算税賦課処分は違法ということで事なきを得たのですが、一時所得扱いは撤回され、給与所得としての課税という展開になったのでした。

 租税が課される根拠として「課税法律主義」と「租税公平主義」が2大基本理念とするならば、給与所得を規定する法律には、“次のような経済的利益も含まれます”という項に、“ストックオプションによる権利行使”という条文が記載されていなければならないはずです。課税庁の解釈や見解によって法律の適用が変更されるという事態はあってはならないことでした。

 TKC全国会の創設者の故飯塚毅会長が、昭和58年~平成4年の国会での意見陳述において、並み居る大蔵官僚を前に「租税正義の原則と公平負担の原則が貫かれていない現状は、国会議員、及び国会議員を補佐すべき大蔵官僚が無能である証拠である」と切り捨てたことが、未だに是正されていない好例です。

相続税の盲点をついた揺らぎ

 この揺らぎは2005年4月に「史上最高!贈与税で1600億円の申告漏れ」という見出しでマスコミをにぎわした「武富士事例」です。武富士の故武井保雄元会長から、長男俊樹氏へ贈与された海外法人株を巡る税務訴訟でした。

 事の顛末は、1997年6月に長男である武井俊樹氏が武富士香港法人代表として出国した時点が発端でした。そして同時期に、故武井保雄元会長が個人名義で所有する武富士株を、夫婦らが設立したオランダ現地法人へ売却したのです。そして、1998年12月に武富士が東証一部上場を果たし、オランダ現地法人が所有する武富士株も上昇したのでした。そしてさらに、1999年12月に当該オランダ現地法人の株式の90%を長男俊樹氏に生前贈与したのでした。この問題は、「外国に居住する者が国外財産を贈与により取得した場合には、日本の贈与税は課されない」という、相続法の居住者・非居住者を規定する盲点をついてきたループホール(抜け道)でした。

 その後、2000年4月の租税特別措置法改正によって、「たとえ受贈者が非居住者であったとしても、贈与者・受贈者が共に贈与前に5年を越えて、海外に居住していなければ課税対象とされる」ことになったのでした。

 結果は、贈与税1,653億円の申告漏れで、無申告加算税を含む1330億円が追徴課税されたのですが、2007年の5月、東京地裁は改正以前の租税法に準じて、1,330億円の追徴課税を取り消す判決を言い渡されました。

 この判決には後日談があります。前述の武井俊樹氏は延滞税を含め、約1,585億円を全額納付して裁判を起こしたため、2005年の時点で判決が確定した場合は、国税庁に納付しておいた1,585億円の全額が返金されたうえに、国税庁は、還付加算金を含め約1,715億円を返還する必要があると言われています。金利が0.1%以下というこのご時世で、なんと4%近くの年利がついて、130億円近くの利息が武井俊樹氏に返還されることになります。1,585億円が、約1,715億円に増えて戻ってくるのです。

 もちろん、国税庁は高等裁判所に即時抗告し、その控訴審判決が2008年1月23日に東京高裁でありました。東京高裁12民事部の柳田幸三裁判長は「納税者は租税回避目的で香港の滞在日数を調整しており、滞在日数による形式判断は相当でない」として、1「本人の生活の本拠」、2「職業上日本の企業の重要なトップ役員であること」、3「本人の財産は大部分日本に所在すること」、4「香港で生活する居住意思の自覚ないし濃淡がすくないこと」などから、住所は日本にあるとして逆転判決が下されました。

 おそらくこの裁判は、最高裁で争わるようになると思われますが、「租税法律主義」に準じれば、この裁判の本質は、租税法のループホール(抜け道)を見逃した国会議員、及び国会議員を補佐すべき大蔵官僚の失態以外の何物でもない事例です。

 国会議員は発生が予想される事態に備えて、法を整備しなければならないのです「。悪法も、また法なり」といって毒杯をあおって処刑されたソクラテスの覚悟のほどが、今の国会にあるのだろうか。