この揺らぎは2005年4月に「史上最高!贈与税で1600億円の申告漏れ」という見出しでマスコミをにぎわした「武富士事例」です。武富士の故武井保雄元会長から、長男俊樹氏へ贈与された海外法人株を巡る税務訴訟でした。
事の顛末は、1997年6月に長男である武井俊樹氏が武富士香港法人代表として出国した時点が発端でした。そして同時期に、故武井保雄元会長が個人名義で所有する武富士株を、夫婦らが設立したオランダ現地法人へ売却したのです。そして、1998年12月に武富士が東証一部上場を果たし、オランダ現地法人が所有する武富士株も上昇したのでした。そしてさらに、1999年12月に当該オランダ現地法人の株式の90%を長男俊樹氏に生前贈与したのでした。この問題は、「外国に居住する者が国外財産を贈与により取得した場合には、日本の贈与税は課されない」という、相続法の居住者・非居住者を規定する盲点をついてきたループホール(抜け道)でした。
その後、2000年4月の租税特別措置法改正によって、「たとえ受贈者が非居住者であったとしても、贈与者・受贈者が共に贈与前に5年を越えて、海外に居住していなければ課税対象とされる」ことになったのでした。
結果は、贈与税1,653億円の申告漏れで、無申告加算税を含む1330億円が追徴課税されたのですが、2007年の5月、東京地裁は改正以前の租税法に準じて、1,330億円の追徴課税を取り消す判決を言い渡されました。
この判決には後日談があります。前述の武井俊樹氏は延滞税を含め、約1,585億円を全額納付して裁判を起こしたため、2005年の時点で判決が確定した場合は、国税庁に納付しておいた1,585億円の全額が返金されたうえに、国税庁は、還付加算金を含め約1,715億円を返還する必要があると言われています。金利が0.1%以下というこのご時世で、なんと4%近くの年利がついて、130億円近くの利息が武井俊樹氏に返還されることになります。1,585億円が、約1,715億円に増えて戻ってくるのです。
もちろん、国税庁は高等裁判所に即時抗告し、その控訴審判決が2008年1月23日に東京高裁でありました。東京高裁12民事部の柳田幸三裁判長は「納税者は租税回避目的で香港の滞在日数を調整しており、滞在日数による形式判断は相当でない」として、1「本人の生活の本拠」、2「職業上日本の企業の重要なトップ役員であること」、3「本人の財産は大部分日本に所在すること」、4「香港で生活する居住意思の自覚ないし濃淡がすくないこと」などから、住所は日本にあるとして逆転判決が下されました。
おそらくこの裁判は、最高裁で争わるようになると思われますが、「租税法律主義」に準じれば、この裁判の本質は、租税法のループホール(抜け道)を見逃した国会議員、及び国会議員を補佐すべき大蔵官僚の失態以外の何物でもない事例です。
国会議員は発生が予想される事態に備えて、法を整備しなければならないのです「。悪法も、また法なり」といって毒杯をあおって処刑されたソクラテスの覚悟のほどが、今の国会にあるのだろうか。